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にぼしめし

備忘録

逆転裁判6感想「逆転裁判は成長物語であってほしい」

※ネタバレ注意

 

約9年前、ゲームショップの店頭で大々的に展開されていた新作ゲームに目を惹かれた。なんだかおもしろそう、という直感のもとにそのソフトを買い、プレイしてみた。夢中でクリアし、すぐにシリーズ作を買いに行った。

そのゲームソフトのタイトルは逆転裁判4であり、これが私と逆転裁判の出会いだった。

そして新人弁護士だった彼は、今ようやく一人前の弁護士になれた。

 

つい先日、逆転裁判6をクリアした(追加シナリオも含めて)。

まず第一に抱いた感想が、「王泥喜くんの物語でよかった」である。

すでに述べた通り、私が初めてプレイしたのは「逆転裁判4」であり、初めて出会った弁護士は王泥喜くんだった。王泥喜くんというキャラクターのことは非常に好きで、逆転裁判4のことも決して黒歴史であるとは思っていない。しかし、世間的には4は評価が悪く、遺されたシナリオ上の歪みは大きかったように思える。本作も成歩堂王泥喜のW主人公という体で宣伝され、そのようにシナリオが構成されている。

しかし、逆転裁判6は、間違いなく「王泥喜法介の物語」だった。

いきなり出てきた怪しげな活動家が育ての父だとか、謎の僧侶検事が兄弟同然に育った存在だとか、彼の人生はどれだけ波乱万丈なんだ?と初めは突っ込みたい気持ちでいっぱいだった。しかし、最終話のラストの裁判でドゥルクの死を指摘するシーンでは思わす涙がこぼれた。本当の父である奏介のお蔭で真犯人を追い詰めることができたのには胸が熱くなった。エピローグの王泥喜法律事務所の看板を目にした時には誇らしいような寂しいような気持ちでいっぱいになった。

王泥喜くんが悲しみを背負いながらもそれを力にして乗り越えていく姿を見守ることができたのは、彼を愛するプレイヤーとして幸せなことだ。逆転裁判4の「失敗」により、彼自身の物語は閉ざされてしまったのかと思っていたが、本作できちんと彼の物語が描かれ、本当の意味で新人弁護士から一人前の弁護士になることができたように思える。

 

逆転裁判シリーズを考える上で重要な要素は「成長物語性」と「法曹界の歪みの是正」であると私は考える。前者は逆転裁判1~3(いわゆる成歩堂シリーズ)に、後者は逆転裁判4~5にそれぞれ見られる。これらのどちらに寄せたシナリオであるかがファンの評価の分水嶺になっていると感じられる。本作は、その2つの要素をうまく擦り合わせることが出来ているのではないだろうか。王泥喜くんの成長とクライン王国(の法曹界)の革命という主題同士がきれいに絡み合っているように思える。王泥喜くんの後付け設定がモリモリではあるが。

つまり、逆転裁判6は『逆転裁判4~6における「逆転裁判3」』になれたのではないだろうか。逆転裁判3成歩堂が師である千尋さんを超える物語である。そして、逆転裁判6王泥喜くんが師である成歩堂、そして弁護士としての彼のルーツと言えるドゥルクを超える物語なのである。

 

 以下、その他に感じたことを述べる。

新システムの霊媒ビジョンがものすごく怖かった。特に3話の鳥姫様がトラウマになった。と言うよりクライン教の信仰対象が怖い。始祖様の顔が描かれていないのも不気味で苦手だった。私はクライン教徒にはなれないと思った。しかし、システム的には面白く、指摘もそこそこ難しく当てずっぽうで切り抜けられないのが良かった。

 

カンガエルートは5からの続投だが、4話で大いに笑わせてもらった。「真の凶器はウドン生地」というとてつもないパワーワードを生み、シュールな笑いをもたらした功績は大きい。誰かにこの面白さを伝えたいのに、核心に触れてしまうため言えないのがもどかしい。

4話に関しては、ユガミ検事と心音ちゃんの掛け合いの面白さを堪能できて良かった。大筋であるクライン王国の物語が動いていくタイミングで、全く関係ないエピソードを挟んだのは良い判断だったと感じる。箸休めのような感覚でプレイできたし、クライマックスへの期待感を高めることができた。

 

惜しい点を挙げると、音楽と細かい展開の強引さである。

まず音楽だが、基本的に印象が薄い。クライン教の歌が一番記憶に残っている。

細かい展開の強引さは、特に法廷パートで見られたように感じる。具体例は挙げられないが、ハッタリのごり押しに違和感を抱いた。直近に大逆転裁判をプレイしていたせいで違和感が目立ったのかもしれない。テキストのおもしろさ、美しさについては巧さんはとにかく偉大すぎる。

 

本作の発売前の印象は「クライン王国?W主人公?また斜め上の方向に…」とあまり良くなかったのだが、蓋を開けてみると非常に楽しめる作品だった。成歩堂なしで商品としての逆転裁判を売るのが難しい中で、最大限に王泥喜くんの物語を描いてくれたことは、4から入ったファンである私にとって何より嬉しいことであった。同じように救われた王泥喜ファンがいると信じている。