にぼしめし

備忘録

世界は音楽に満ちている。:恩田陸『蜜蜂と遠雷』感想

 

 遅ればせながら第156回直木賞受賞作である、恩田陸蜜蜂と遠雷』を手に取った。もともと読みたいと思っていたところに「ピアノコンクールにまつわる群像劇」と聞き居てもたってもいられなくなってしまった次第である。

 結論から言えば、私はこの作品に出会うために読書をしてきたのかもしれないと感じるほどの作品だった。

 

 もともと恩田陸の作品は好きだった。ちょうど高校生の時分に「夜のピクニック」のすがすがしいような読後感に惚れ、「ドミノ」の緻密な構成に唸り、「ユージニア」の暗澹たる不気味さに戦慄した。
 この「蜜蜂と遠雷」の帯の煽りは「著者渾身、文句なしの最高傑作!」である。
実にその通りだと思った。500頁超かつ二段組みという超絶ボリュームながら、一気に読ませる力がある。そして余韻がすさまじい。このような勢いだけの文章を書かせるに至るほどには。

 あるピアノコンクールに集う様々な天才の群像劇である。風変りな「ギフト」の風間塵、かつての天才少女の栄伝亜夜、名門のサラブレッドのマサル・C・レヴィ・アナトール、生活者の音楽を奏でる高島明石。それぞれがそれぞれの音楽観を持ち、それぞれの姿勢でピアノと向き合い、それぞれの音楽を奏でる。物語のほとんどを彼らの演奏シーンが占めるのだが個性をはっきりと感じ取ることが出来る。文字の上の音のない描写であるのに。まずそのことに戦慄した。

 読者である私自身はこれまで音楽に縁のない人生を送ってきた。クラシックに関しては世界史の中の要素のようにしか感じていなかった。そんな音楽に造詣のない人間であっても、素直に感動し、胸を熱くし、なんらかの旋律が脳内を支配した。クラシックは歴史の遺物などではなく、何百年もの間人類に寄り添いタペストリーのように様々な人や場所や出来事を取り込んで広がり続けるものだという実感を得た。それと同時に、いかに自分が狭い世界の中のそれも一部分だけを見つめて生きてきたのだろうかと恥じる思いでいっぱいになった。世界はこんなにも美しい音楽に満ちている。音楽は常に寄り添っている。ただ、私がそれに気付かなかっただけのこと。

 作中で繰り返し繰り返し語られる熱量の塊のような「音楽への愛」。それにあてられてしまったのだろうか。クラシックが聴きたくてたまらない。この作品を読みながら作中で演奏される曲目を見ただけですっと旋律が浮かんでくるような人々が素直に羨ましいのだ。このような思いを静寂と孤独に満ちた趣味である読書を通して得られるとは思ってもみなかった。それほど私にとって「蜜蜂と遠雷」は強烈だった。頭の中の音楽はまだ鳴りやみそうにない。