にぼしめし

備忘録

「私の事を愛していますか?」「愛してる」:野﨑まど『2』感想

ここまでたどり着くまで本当に長かった。

 

2 (メディアワークス文庫)

2 (メディアワークス文庫)

 

 

 本作品を読むためには『[映]アムリタ』『舞面真面とお面の女』『死なない生徒殺人事件』『小説家の作り方』『パーフェクトフレンド』を読んでおかなければならない。そのような高い高いハードルの先にあったのは、愛の物語だった。
『[映]アムリタ』振りに、襟元から液体窒素を流し込まれるような冷えた心地を味わうこととなった。

 

▽長い旅路のメタ構造

既に述べた通り、『2』を読むためには他5作品を読むことが必須である。というのも、『2』は野﨑まどオールスター感謝祭のような様相を呈しており、過去作品のキャラクターやガジェットがこれでもかとばかりに使用されている。それらに関する事前知識がないと『2』を読むうえで多大なる支障が生じる。

ところで、『2』には「ある創作物のための人間」が登場する。ラストシーンで最原最中と最原最後という2人の子供たちは、最原最早の映画を観るために完璧に育てられた人間であると明かされる。

「ある創作物を鑑賞するために相応しい人間を育て上げること」、これは作中で行われているだけのことではない。作者である野﨑まどが『2』までたどり着いた我々読者に行ったことと同じである。『2』という小説を最高に面白い小説とするために、他の5冊でじっくりと「読者を育てる」。このメタ構造に気が付いたときに背筋が凍り付いた。

▽愛と狂気

終盤の怒涛の展開と情報量に翻弄されてまとまりのない感想しか浮かばないが、あえて「愛」に着目したい。

『[映]アムリタ』の中で印象的に用いられている問いがこれだ。

「私の事を愛していますか?」

これに対して、二見遭一はこう答えている。

「愛してないです……。いや、今会ったばかりでそんな愛とか急に言われても」

 この問答がずっと頭の中に残っていたため、『2』の冒頭における「愛してる」の応酬に戦慄した。読了後の今はあの時点での最原最早は本物ではなく、また二見は数多一人を演じていたのだと承知しているがそれでもつい比較してしまう。

 愛。2人の愛のベクトルは創作に向いている。文中でも何度も創作への愛が語られているが、最原最早と二見遭一の創作への愛は狂気的な領域に達している。
あとがきでこの小説は恋愛小説だと定義されているが、本質的には創作物あるいは可能性への愛の小説なのかもしれない、と思う。
うまく言語化できないのが悔しい。なお私はこの小説はホラー小説だと感じる。

 

多くの方の感想で散見された通り、野﨑まどワールドにおける最原最早は森博嗣ワールドにおける真賀田四季と同義なのだろうなと思う。

 

論理構成の混乱ぶりに衝撃の大きさが如実に表れている。もう少しうまく咀嚼できたら加筆修正したい。