にぼしめし

備忘録

遠くない未来にあなたとまた出会うために:相対性理論 presents 『変数分離』 感想

2018年6月24日、ロームシアター京都で行われた 相対性理論 presents 『変数分離』に行った。

公演は17時半からだったが、少し早めに京都に入ってふらふらと散歩をしていた。喪失感のような遣る瀬無い感情にとらわれて、些かセンチメンタルになっていたので、ロームシアターに到着した時もどこか夢見心地でいた。

 

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ああ、始まりは『ウルトラソーダ』なのかと思った時には歌声が響き渡っていた。座席が1階前列の中央という最高の場所だったため、開けた視界でやくしまるさんと対峙しているような錯覚にとらわれた。『回折II』で初めてやくしまるさんの声を聴いたときのことを急に思い出して、どうして私は今まで忘れていたのだろう、と不思議に思った。レーザーの光の演出がとてもきれいで現実味が無かった。空中に浮かぶように照射された光の線たちが、時にはやくしまるさんの周りで遊ぶように、時にはやくしまるさんの後光のように放たれていたのが目に焼き付いている。

開幕を告げるMCに合わせて薄いスクリーンが上がり、やくしまるさんの輪郭が露わになる。観客と彼女を隔てるものが無くなってもなお、神性にも似た奇妙な距離感は保たれていたように思う。

他の観客は視界には入らず、ただやくしまるさんだけと向き合った時に「真賀田四季と相対した西之園萌絵」が私と重なり合った。森博嗣すべてがFになる』の冒頭のシーンの対話のように、圧倒的な存在が私に問いかけてくるような錯覚に襲われた。

世界が終わっちゃうね、そっちの暮らしはどう、わたしは人類だよ、あなたは?

そんな風に、ひとりひとりの観客に問いかけていたのかもしれないし、あるいは何も考えていなくて、ただ彼女は彼女の役割を全うしていたのかもしれない。

 

『弁天様はスピリチュア』の前説がきちんと岡崎公園バージョンに変わっていたことで、空間と時間の現在性が付与された。共有していることの心地良さと興奮が緩やかに伝播したのを感じた気がする。

 

『弁天様はスピリチュア』『少年よ我に帰れ』『わたしは人類』『FLASHBACK』の演奏にはストリングスが加わった。特に『わたしは人類』における存在感が素晴らしく、最後のサビの前に音が収束していくようなアレンジが大変良かった。

 

スマトラ警備隊』のイントロが流れた時にぼろぼろと泣いてしまった。相対性理論にはじめて出会った15歳の私と、毎日のようにやくしまるさんの歌声に浸っていた17歳の私が両隣の席に座っていたような心地で聴いていた。私たちは確かに未来に向かって進んでいる。この席から先は未来だ、と確かに感じた。

 

最後の曲は『ミス・パラレルワールド』。

「わたし、遠い未来にあなたとまた出会う」

遠くない未来にまた相対性理論と出会うために、私は生きていきたい。

 

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心に開いた穴に相対性理論の音楽はよく響き、それがとても綺麗で泣けてしまったものだから、全てのことを肯定できたかもしれない。

好きなものをずっと好きでいたい。それに相応しい私でありたいと、つくづく思う。

 

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「バイバイ」の声はとても甘く、天の声のようだった。